2面3線から成り、頭端式のホームを持つ。改札はホームの突端部に1個所のみ設けられている。駅ビル「ぺぺ」が同居した開放的な駅で、西武系列の「プリンスホテル」が同居している。駅前のスペースも広く取られており、スーパーも立地している。
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川越鉄道が開通した当初は「川越」と称していたが、1940年7月22日に現駅名に改称された。
川越は街全体が観光地となっており、見るべきスポットは多い。歩いて回る場合は、西武の本川越駅を拠点にすると便利なので、ここで主な見どころをまとめる。ただし、ひとまわりするだけで1日かかってしまうので、手早く回りたい場合は市内バスが有効だ。ボンネット型のクラシカルな車両が多く使われている。

川越市内を走るボンネットバス。《2003年11月16日撮影》
駅から北へ進み、徒歩12分。川越のシンボルともいうべき存在で、電動式ながら現在も1日4回、時を知らせている。寛永年間、当時の川越城主だった酒井忠勝が建立させたものといわれる。現在の鐘楼は、1893年の川越大火後に建てられたもので、高さ約18メートルになる。
時の鐘の周辺には多くの蔵が残っており、小江戸と呼ばれた当時の名残を感じられる。観光客が多く集まる場所でもあり、土日には渋滞が著しい。
駅から北へ進み、徒歩10分。1918年に完成した建築で、設計は保岡勝也。SRC3階建てで、ルネサンス様式とサラセン様式を調和させ、ゼブラ状控え壁でアクセントを付けており、国の登録有形文化財に指定されている。このほかにも、川越商工会議所(旧・武州銀行本店)、川越基督教会などの洋風近代建築物が残っており、この地区全体が伝統的建造物群保存地区となっている。
駅から北へ進み、徒歩12分。1792年の建築で、間口の広さに特徴がある。関東の町屋として非常に重要な存在で、耐火土格子が印象的だ。度重なる火災からも難を逃れており、川越の街に、いわば“蔵ブーム”をもたらすきっかけになったという。現在もみやげ物を販売する商店として、現役で使われている。国の重要文化財に指定されている。
駅から北へ進み、徒歩12分。
駅から北へ進み、徒歩15分。数多くの駄菓子を売る店が軒を連ねる。関東大震災で被害を受けた駄菓子問屋が、この地で製造・供給を開始するようになったのがきっかけという。江戸下町の雰囲気を移入したような感じを受けるだろう。

東照宮随身門と幣殿。《いずれも2003年11月16日撮影》
駅から東へ進み、徒歩10分。徳川家康の遺骸を駿府から日光へ移送する途中、隣接する喜多院で法要が行われたのを契機に建てられたという。日光の東照宮などにくらべてはるかに地味ではあるが、境内にある石灯籠には、歴代城主の名前が寄進者として刻まれているほか、いたるところに葵の御紋がみられる。境内入り口にある随身門は1633年、拝殿および幣殿は1640年に建立されたもので、いずれも国の重要文化財に指定されている。
筆者が訪れたときには、地元ボランティアによる縁起解説が行われていた。

喜多院の本堂外観と書院内部。《いずれも2003年11月16日撮影》
駅から東へ進み、徒歩12分。13世紀に始まる古刹「無量寿寺」が前身で(830年開基と伝わるが不詳)、江戸時代に天海僧正が在住して喜多院と称した。寛永年間の大火で伽藍の大半を消失したが、徳川家の支援を受けて再建が行われ、江戸城内から客殿、書院、庫裏を移築し、これらは現存する江戸城最古の遺構となっている。一般にも公開されており、「家光誕生の間」や「春日局化粧の間」などに入ることができるが、これらは国の重要文化財に指定されている。また境内には、表情豊かな五百羅漢の石像群がある。
現在は川越大師として知られ、毎年1月3日にはだるま市が行われる。境内は広く一般に開放されており、筆者が参拝した際には七五三の参拝客目当ての屋台がたくさん出ており、外国人観光客も多数見られた。

川越城本丸御殿玄関部分。《2003年11月16日撮影》
駅から北東へ進み、徒歩18分。江戸時代に老中を多く出した有力藩の拠点、川越城に残る唯一の遺構。江戸城に最も近い城郭であった川越城は、もとは太田道灌が築いたとされる。明治初期にその施設の大半が破壊されたうえ、市街化の進行により、一部の土塁などをのぞき痕跡はほとんど残っていないが、幕末の1848年に建造された本丸御殿の玄関部分と家老詰所のみが難を逃れている。内部が一般に公開されている。
駅から北東へ進み、徒歩15分。川越城二の丸に跡に、蔵をイメージして建てられた博物館。江戸時代から近代にかけての川越の街の変遷が、直感的に理解できるような展示になっている。
駅から北東へ進み、徒歩20分。太田道灌の篤い信仰を受け、長らく川越城下の総鎮守とされてきた。本殿は幕末に藩主松平斉典が寄進して建てられたもので、随所に見られる彫り物がみごとだ。境内にある八坂神社の社殿は、寛永大火の際に江戸城から移築されたものという。
《乗り換え》東武-東上本線:川越市(徒歩10分)、川越(徒歩15分)/JR東日本-川越線:川越(徒歩15分)
【川越新富町郵便局】駅から東へ徒歩4分。未訪。
2004年9月15日、加筆・修正
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